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山のあなたのなお遠く [キャラメル・エッセー]

P1030925b-3.JPG 「新潟日報」連載・10年後の復刻
      キャラメルエッセー
      回転ドアの向こうには―4 

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山のあなたのなお遠く
 
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 「一流中学より二流高校へ入学後、三流大学を卒業…」。これは、ある出版物の奥付に記された著者プロフィールの書き出しである。その本は十数年前、私より一時代あとの「団塊の世代」にあたる友人、橋倉正信さんが著したものだが、実にオツな表現だと思う。それは、自信と余裕を持って自分を笑い飛ばしながら、学歴社会に翻弄される受験生の姿を見事に比ゆしているからだ。

 小・中学校のころは義務教育とはいえ、たいした勉強をしなくても、兄弟や年長の遊び友だちといっしょにいるだけで知恵もついた。いわば地区大会レベルだ。けれども高校進学になると県大会への出場となる。優秀な生徒が方々から大勢集まってくるから、通り一遍の勉強のしかたでは問に合わなくなってくる。まして大学受験ともなれば全国大会である。受験生は理想と現実のはざまで葛藤し、初めて親掛かりではない、自分自身の力量や限界を認識する。だから前述の橋倉さんの表現は、どこか普通的な響きを持って真理のように聞こえてくるのである。さすがに世の中の真理を見透かしていた橋倉さんは、現在、編集プロダクションの社長として、映画関係誌、タウン情報誌など多くの出版に携わり、国内はもとより海外でも精力的に活躍中である。

 反対に私はといえば、ずーっと自分勝手の生き方しかしてこなかった。「山のあなたの空遠く、幸い住むと人の言う」(カール・ブッセ/上田敏訳)。「遠い山の向こうの知らない町よ。いつか馬車に乗って行きたい町よ」ボヘミア民謡「遠くの町」小林純一訳詞)少年時代、この詩とこの歌が好きだった。真冬の深夜、冷えた寝床で、広い田んぼを渡って聞こえてくる上り列車の汽笛に耳を傾けながら、遠くつながっている東京を漠然と思っていた。自分は何になりたいのか。スポーツは大の苦手。反対に芝居は小学校の学芸会に出たときから病みつきになっていた。何といってもいろいろな役に変身できることがたまらない。そのほか学校の先生、新聞記者、童話作家なども選択肢の中にあった。

 高校のクラブ活動では夜遅くまで演劇に打ち込み、夜学の人たちとこわばったコッペパンを分け合ったりした。学校から帰れば、遅い夕食もそこそこにまた出かけていく。
地元の先輩や仲間が集まる漬劇サークルのけいこだ。場所は公民館。普通高校、商業、工業、農業など学校は異なるが、もともと同じ中学校の出身者だから息が合う。中卒で就職した後輩たちもいっしょにけいこに励む。そこは進学組も就職組もこだわりの無い和やかな交流の場である。真冬は土間で石油缶にくべた薪(まき)で暖を取りながら、深夜まで意見を戦わせる。真夏の夜には親友とローカル線の線路をまくらに、つたない演劇諭・恋愛論を戦わせて、そのまま始発電軍が来るまで眠り込んでしまったりした。思えば高校時代は自分探しに目覚めた頃でもあった。

 私の時代、昭和30年代半ば、大学進学はまだ選ばれた人たちのものだった。それに、農家の四男が家を出ることに疑間は感じなかった。就職組も、エリートが目指すところは東京だったが、私の場合は相応に川崎だった。どっちにしても、どうせ出るなら早く自分の生活をこの手で営んでみたい。そうした気持ちが強かった。
まだ雪解けの三月の末、生まれ育った町の停車場(ていしゃば)のホームで、おふくろとふるさとに涙で別れを告げたときから、私は大人になった。期待と不安で越えた山の向こうには、なるほど好きだった歌の詩の通り、ポプラ並木や飾り窓の店はあるにはあった。けれども、少年の頃から夢見ていたユートピアは、さらにそのまた向こうにあるらしかった。
 「山のあなたのなお遠く、幸い住むと人の言う」
  当時、日本の賃金水準はアメリカの9分の1。安保闘争もようやく沈静化し、所得倍増の掛け声の下に、日本は高度経済成長へのスタートを切り、右肩上がりの上り坂を一気に駆け上ろうとしていた

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●この記事は19971212日に新潟日報に掲載されたものです。
 新潟日報連載、全14回を随時掲載させて頂いております。
 
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コメント 18

sig

チョコシナモンさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-12 09:27) 

kontenten

昨今は、親と住んだまま結婚して独立って多いですよね(w)
私は、大学を出て3年間、浜松という土地で金型の修行をしました。
親元を離れる事、たった3年ですが、大変勉強になりました。
【孤独】
夕食も一人、誕生日も一人・・・
同じ家に住みながら孤独になる輩も多いようですが
一人でじっくり考える時間って人間には必要な気がします。
by kontenten (2008-09-12 10:30) 

プリン

続き・・・ありますか?( *´艸`)クスクス
現役高校生である息子の事を思いながら
読ませていただきました。。。
by プリン (2008-09-12 16:49) 

sig

kontentenさん、こんばんは。
3年間、家を離れての修行・・・何よりの体験でしたね。
お話の通り、独りにならなければ見えてこないものって、結構大事だと思うんですよ。特に男子の場合は、孤独の体験はそれに耐えられることの修練や自分を練り上げるために大事なことだと思います。
良い経験をなさいましたね。
by sig (2008-09-12 18:12) 

sig

yannさん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2008-09-12 18:53) 

sig

銀猫さん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。

by sig (2008-09-12 18:54) 

sig

ChinchikoPapaさん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2008-09-12 19:03) 

sig

プリンさん、こんばんは。
ありがとうございます。・・・ですが、時代が違いすぎ、今の高校生にはかけ離れた話だと思います。
この「キャラメルエッセー」カテゴリーの続きは生涯学習をテーマに続きますが、高校時代はこの回だけです。
もし高校時代を読んでいただけるなら、「あんなこと、こんなこと」カテゴリーの14~26、および「動画の自分史」カテゴリーの13~15が高校時代のことを書いた回です。どうぞよろしく。
by sig (2008-09-12 20:53) 

sig

furukabaさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-12 20:54) 

sig

八犬伝さん、こんにちは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2008-09-13 14:49) 

sig

xml_xslさん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2008-09-13 23:20) 

sig

kemmさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-14 13:31) 

sig

みかっちさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-15 10:06) 

sig

lamerさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-16 10:22) 

sig

BlackTigerさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-17 20:41) 

sig

Qooさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-18 13:23) 

sig

甘党大王さん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-19 13:37) 

sig

corradoさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。

by sig (2008-09-19 22:59) 

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