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「ニュー・シネマ・パラダイス」の中の私 [昭和ガラクタ箱]

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 「ニュー・シネマ・パラダイス」の中の私
 
たいていの映画好きは映画界を舞台にした映画が大好きです。あの魅力的な映画というものがどのようにして生まれるのかという興味、そしてそれに関わる人たちはどんな人たちかといったような興味からです。

  ちょっと思い出しただけでも、古くは、落ちぶれた大女優と売れないシナリオライターの関係が破局に向かって突き進んでいくパラマウント映画の傑作「サンセット大通り」。オードリー・ヘプバーンが最高にチャーミングなタイピストを演じた「パリで一緒に」。映画製作の現場で人間関係に苦慮する監督を描いた「フェリーニの8 1/2」。映画撮影の舞台裏を細かく見せてくれた「アメリカの夜」。映画の中で恋人役を演じる俳優同士が現実の場では行き違う「フランス軍中尉の女」などが頭に浮かびます。これらの映画はいわゆる「内幕物」と呼ばれるジャンルで、映画人が自分たちの世界を描く訳ですからお手の物。どれもみな、ちがう世界を覗き見たいという観客の興味を満足させてくれました。

  こうした内幕物以外にも、例えば「グッドモーニング・バビロン!」のように、映画のセットを作る大工の兄弟が主人公というような映画がありますが、そんな業界の裏方に焦点を当てた映画の1本が、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の「ニュー・シネマ・パラダイス」(1998)です。

  舞台もハリウッドとは程遠い、イタリアはシチリア島の小さな町にある古い映画館。そこで働く映写技師の初老の男アルフレードと、母一人子一人で暮らすトトという少年の物語ですが、興味深いのは、普段は見られない映写室が重要な場所になっていることです。窓から入ってくる砂ぼこりに年中まぶされているような映写室の板壁には、「カサブランカ」のポスターが薄汚れたまま貼ってあります。マイケル・カーティス監督の「カサブランカ」が製作されたのは戦時中の1942年ですから、それが古ぼけていることで、時代は第二次大戦終結直後だということが分かります。この映画はこのように映画館の中で上映される映画と映画館に張ってあるポスターを見るだけでどのくらいの年数が過ぎたのかが分かるように細かい考証がなされています。それが映画好きの心をくすぐるのですが、それよりも私は、まだ小学校にも上がっていない少年トトの行動にすっかり目を奪われていました。

  トトは大好きなアルフレードの居る映写室に入り浸り、フィルムの切れ端をもらってはフィルム缶に大事に保存しています。この町の謹厳な牧師は映画の検閲係で、キスシーンは風紀上問題ありとしてすべてアルフレードにカットさせているのですが、トトはそのフィルムが欲しくてたまりません。アルフレードに頼むのですが、「これはお前にやる。でも、今はだめだ」と断られてしまいます。家に帰ったトトは、フィルム缶に溜め込んだフィルムの切れ端を見ながら一人で遊びます。その姿が自分の子供の頃の姿にぴったり重なったのです。フィルムを欲しがるトトはまるで自分自身ではないか。イタリアにも同じ時代に同じ年頃で、自分と同じ気持ちを持った少年がいたのだ、という驚き。それがこの作品の感動を更に大きく、深いものにしてくれました。

  まだ小学校に上がる前、私は村の映画会ではいつも映写機の脇に居ました。当時はフィルムを使い回すので痛んでいて、上映中に良く切れました。映写技師がフィルムをつなぐ時には必ず数コマの切れ端が出るのです。それを手に入れるためでした。「ニューシネマ」の映写室でアルフレードが、はさみを使わずに手首を翻すだけで鮮やかにフィルムを切断する仕草や、切れたフィルムをつなぐとき、膜面をペロリと舐める仕草も見たことがありました。なぜそんなにフィルムに魅了されたのか。私にとって映画のフィルムは単なる樹脂の帯ではなく、カメラに写し撮られた時間と空間そのものだったのです。人の動きや声、風のそよぎや物音が封じ込められている魔法のテープだったのです。私が思うには、トトはキスシーンが欲しかった訳ではなく、フィルムそのものに魅了されていたはずなのです。

  ところで、アルフレードに切り取られたキスシーンは、作劇上それがどうなったかをどこかで明かさなければなりません。そしてそれはテーマを凝縮した形で提示されなければなりません。…としたらそれはラストシーン以外には考えられません。私はアルフレードが「これはお前にやる。でも、今はだめだ」とトトに言った時に、ラストシーンを監督がどう見せようとするかが読めました。<今ではない、ラストだ。…フィルムはそのとき必ず断片ではなく、まとめて「上映」されるはずだ。なぜなら映画は上映されて初めて完結するものだから。そしてその意味と感動を深めるために、アルフレードはその時にはもう居ないだろう>。トルナトーレ監督はおそらくこのラストシーンのアイディアが生まれた時、「この作品はできた!」と膝をたたいたに違いありません。もっと言えば、このラストシーンの発想からすべてのストーリーが組み立てられたとさえ推測できそうです。さて問題は、そこまでをどのように展開していくのか。そこが監督の腕の見せ所です。

  結果はご存知の通り。会社の試写室のスクリーンに次々と目まぐるしく映し出されるキスシーンの数々。それを見つめる今は映画監督となっているトトの姿。アルフレードがトトに遺した、キスシーンだけを50近くも集めてつないだ「欧米映画接吻特集」は、アバンギャルド映画顔負けの逸品として、エンニオ・モリコーネの哀愁を帯びた「愛のテーマ」の高まりとともに、見事な映画賛歌を謳い上げたのでした。この映画はトルナトーレ監督の自伝映画、いわば自分史映画だと思いますが、映画をひたすら愛し続けて今日に至るトルナトーレ監督の面目躍如たるものがありました。

■蛇足
 この作品、最初、映画館では124分のバージョンで上映されていたのですが、かなり前から完全版と称するほぼ3時間のノーカット版がDVD販売され、テレビでも放送されています。大きく違うところは、トトがアルフレードの葬式を済ませた後、すでに結婚している初恋の人(「禁じられた遊び」の名子役だったブリジット・フォッセーが演じています)と会い、お互い永年の思いを遂げるというシーンが、2時間バージョンではそっくり外されていることです。追想を描き切るべき流れに現実が入り込むそのシーンは個人的には不要だと思うので劇場公開版の方が好きなのですが、監督としては折角ブリジット・フォッセーを撮っておきながら上映時間の都合でカットされていたことは穏やかではなかったことでしょう。 

●映画界を舞台にした映画の記憶
「サンセット大通り」(1950)ビリー・ワイルダー監督
「パリで一緒に」(1963)リチャード・クワイン監督
「フェリーニの8 1/2」(1963)フェデリコ・フェリーニ監督
「アメリカの夜」(1972)フランソワ・トリュフォー監督
「サイレント・ムービー」(1976)メル・ブルックス監督
「ニッケル・オデオン」(1976)
「フランス軍中尉の女」(
1981)カレル・ライス監督
「蒲田行進曲」(1982)深作欣二監督
「キネマの天地」(1986)山田洋次監督
「グッドモーニング・バビロン!」(1987)パオロ・タビアーニ監督
「ロジャー・ラビット」(1988)ロバート・ゼメキス監督
「ザ・プレイヤー」(1992)ロバート・アルトマン監督
「エド・ウッド」(1994)
「ニュー・シネマ・パラダイス」(1998)ジュゼッペ・トルナトーレ監督
「アビエーター」(2004)マーチン・スコセッシ監督

この他にハリウッド映画界を牛耳る大プロデューサーをモデルにした「ラスト・タイクーン」という映画もありました。

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コメント 4

furukaba

「ニュー・シネマ・パラダイス」のエピソード。いい勉強になりました。
これを念頭に置いて見直すと新たな感動があるのではないでしょうか。
by furukaba (2008-04-22 16:34) 

sig

誰にも、これは自分のことを描いてくれたのではないか、と思えるような映画があるのではないかと思います。そうした発見があるとうれしいですよね。
by sig (2008-04-22 22:14) 

sig

kemmさん
いぬさん
ChinchikoPapaさん
pikkyさん
             こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-10-25 19:33) 

sig

ともちんさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2010-10-25 19:34) 

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