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ケ・セラ・セラ スピリット [キャラメル・エッセー]

P1030925b-3.JPG 「新潟日報」連載・10年後の復刻

      キャラメル・エッセー
      回転ドアの向こうには―5

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回転ドア写真5.JPG
ケ・セラ・セラ スピリット 

 
「道端の石ころだって何かの役に立つ。世の中にあるもので無用の物などないんだよ」。綱渡り芸人が純真なヒロインに言う。イタリア映画「道」のワンシーンである。当時中学生になりたての私はいたく感激した。
 
映画に人生を感じたり、生き方を教わったり、といったことは多くの人が体験するところである。特に1950年代に少年・少女期を迎えたキャラメル世代は、きわめて幸せだったといえる。それは、こころがいちばん柔軟な時期に、映画の全盛期にめぐり会えたからである。

 
戦後どっとなだれ込んできたアメリカ文化の先鞭を切ったものがハリウッド映画だったが、間もなくフランス、イタリア映画も目白押し。その多くは「風と共に去りぬ」「戦争と平和」「居酒屋」「女の一生」「自鯨」「武器よさらば」といった世界名作の映画化であり、「聖衣」「十戒」「ベン・ハー」といった、聖書や世界史にテーマを得た壮大なスペクタクルだった。観客は居ながらにして歴史の現場の真っただ中に身をさらし、ヒーローやヒロインの冒険やロマンスを目の当たりにすることができた。

 
映画は総合芸術であり、綿密な時代考証のもとに、たくさんの専門家の英知を集めて製作される。だから、娯楽でありながら十分に知識・教養の糧になり得た。と同時に人生をも垣間見させてくれたのである。

 
例えば、「大いなる西部」では、決闘に臨んでひきょうな振る舞いをした実の息子を射殺する父親が登場する。この状況は、仲間を売った息子を射殺するコルシカの英雄「マテオ・ファルコーネ」の物語に似ている。けれども前者は公平な裁きとしての決断であり、後者は自分の信じる正義のためだった。当時は両方とも骨太の悲劇として受け止めていたが、後になって息子の命よりも名誉や建前を重んじた頑固な男のエゴイズムとも解釈できることが分かってきた。

 
名誉、正義、義務、責任…。それらは戦争映画が好んだテーマである。海戦ドラマ「眼下の敵」では、死力を尽くして戦った米独両国の艦長同士が、最後に互いの健闘をたたえ合う。まるでスポーツドラマを観ているようだ。反対に舞台劇を映画化した「攻撃」は極めてシリアスだ。激戦下、部下を見捨てた中隊長の責任を下士官が命を懸けて迫及する。
 
日本映画では「人間の条件」の主人公・梶の生き方に心引かれた。戦争という非人間的な時代の中で人間らしさを貫き通そうとして自滅していく梶。ここでは名誉や正義はすべて国のために一元化される。映画の主人公たちはいつもこうした極限状況に放り込まれて逡巡し、葛藤する。

 それにしても、正義とは一体何だろう。これが社会に出て最初に突き当たった問題だった。学生時代、正義は揺るぎないものだった。その正義が世間で通用しない。正しいと思うことを通そうとすれば、壁はそれだけ厚くなる。つらい。そう思うと、もう一人の自分が頭の片隅で歌いながら茶化しているのに気がついた。
「ケ・セラ・セラ、なるようになるさ…」。
 当時一世を風靡したヒチコックの「知りすぎていた男」のテーマ曲である。「物事はなるようにしかならない。先のことを思い煩うなんて愚の骨頂さ」。開き直りとは違う明るい感じがすがすがしい。そう言われて初めて、正義は人それぞれの立場によって違うものだと見る余裕が生れてきた。

 
映画から学んだこうした知恵はいつの間にか心の深層に定着していたらしく、それは社会に出てからずいぶんと気持ちの支えになった。何があっても落ち込まず、気にしない。でも「なるようになる」と、ただ指をくわえているのも気に食わない。「なるようにしていく」ってことも大事じゃないかな、と考えてみる。このスピリツトは今も変っていない。映画は時にそうした勇気やヒントを与えてくれる。生涯学習の中でも映画の果たす役割は極めて大きいのである。 

●このエッセーは1998年1月9日付け「新潟日報」家庭欄に掲載されたものです。
●「キャラメルエッセー」の全体テーマは「生涯学習」。10年後の復刻として全14回を随時掲載させていただいております。なお、ここでは「生涯学習」を、文字通り「生涯が学びの場」と広くとらえています。
●記事は当時のままです。場合によって現在の認識とズレがあるところが出てきても、そのまま掲載しております。

知りすぎていた男

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コメント 25

sig

lamerさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-16 09:40) 

sig

プリンさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-16 15:10) 

ChinchikoPapa

こんにちは。
毎回、楽しく拝読しています。^^ 心の琴線にひっかかった映画、わたしもたくさんありますね。70年代は、もちろん映画は「斜陽産業」などといわれて久しく、多くの名作がリアルタイムではなく追体験での鑑賞でした。そんな中で、けっこう映画館へ足を運んで見たのは海外作品ではなく、ATGをはじめとする日本映画だったのを憶えています。また、同じ映像でも映画ではなくTVドラマからの影響も、わたしの世代では存在感がかなり大きくなっていますね。
by ChinchikoPapa (2008-09-16 16:46) 

sig

ChinchikoPapaさん、こんにちは。
ChinchikoPapaさんの時代、映画はすでに娯楽の主役ではなく、人間の内奥をえぐる、みたいな芸術志向が色濃くなり、映画はこじんまりとしたものに向かっていた頃だと思います。娯楽大作で洗脳されてきた私などは、実につまらない(失礼)時代になったと思いました。映画は気晴らし、楽しむためのもので、お説教を聴く気は無かったため、そうしたお堅い映画は敬遠して過ごしてきてしまいました。
それは今でも尾を引いていて、車が空を飛び交うようなSFX大歓迎。危険なことやスリリングなことなど、日頃体験できないことを安全に臨場感豊かに見せてくれることに大きな期待を抱いているのです。(笑)
by sig (2008-09-16 18:13) 

sig

takagakiさん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。
by sig (2008-09-16 18:14) 

sig

yannさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-17 00:03) 

sig

八犬伝さん、こんばんは。ご来館ありがとうございました。

by sig (2008-09-17 00:06) 

BlackTiger

なるようになるさ。(ケ・セラ・セラ)と母親がよく言っておりました。^^
by BlackTiger (2008-09-17 14:10) 

sig

BlackTigerさん、こんばんは。
このフレーズはなかなかいいおまじないだと思いませんか。で、なければ、あんなに流行るはずはありません。
私の場合、効き目はバッチリでしたよ。(笑)
by sig (2008-09-17 20:38) 

チョコシナモン

(*´・ω・)ノこんばんわぁ~度々ご訪問くださりありがとうございます。
by チョコシナモン (2008-09-18 00:04) 

sig

チョコシナモンさん、こんにちは。
こちらこそ、いつも楽しませていただいております。
by sig (2008-09-18 09:32) 

Qoo

ご無沙汰してしまいました
他界したオヤジの口癖は「人生なるようにしかならない」でした
その言葉が僕は大嫌いでした。 そしていまでも
確かにそう言う事もあるでしょうけど、黙って指をくわえては居られない質です(^^ゞ

正義って難しいですね
人によって、立場によって人様々なんだと感じます
by Qoo (2008-09-18 10:22) 

sig

Qooさん、こんにちは。
何もせずに、なるようにしかならないさ、という投げやりな生き方は私も賛成できません。お父様の仰った「ケ・セラ・セラ」とはそうではなく、「すべてを尽くして天命を待つ」ということだったと思います。ここで書いたこともそういう意味です。つまり、後悔しない生き方、ということです。
やりたいことを自分の考え方でどんどんやってみること。するとみんな価値観が異なりますから必ず壁が立ちはだかります。その時に自分の正義を信奉するあまりに他人の正義が理解できない・・・つまり他人の話が聞けないのでは困ります。その時に自分を振り返ってみること。これが人の話も分かる一回り大きな人間に成長させるのだと思います。これは妥協でも譲歩でもありません。あえて言えば「協調」でしょうか。極論ですが、私はその壁を体験せずに歳だけ経てしまった人間を大人とは呼べません。
Qooさんもコメントの終わりに記されたように、「人は生い立ちと立場によって思考し行動する」というのが私流の人生哲学なんです。(笑)
by sig (2008-09-18 13:19) 

Qoo

ありがたいお言葉有難う言葉ございます
言葉足らずで不愉快な思いをさせてしまったかも知れません
大変失礼致しました
また、ご丁寧なコメントに感謝の気持ちでいっぱいです
自分を振り返ってみる良い機会になりました
これに懲りずお付き合い頂ければ幸いです
この度は有難うございました。
by Qoo (2008-09-18 15:43) 

いぬ

sigさん こんにちは
なるようになるさ sigさんの仰る通りですね
何もしないで流されるまま なんて諦めた人のようです

正義 僕なんかが語れるような言葉ではありませんが
愛と優しさのある正義であって欲しいなぁと僕の願いです
愛 優しさには いろいろあると思います
理解とか許す気持ちとか 僕の思っている事は夢であり
夢を実現する為に何もしていない僕が言う言葉てではありませんが
一部の人がしたい戦争で 泣くのは市民
そんなニュースを見ると思ってしまいます
by いぬ (2008-09-18 17:11) 

sig

Qooさん、不愉快などとんでもない。とんだお気遣いを。かえって申し訳ありません。私はQooさんよりかなりの年の功だと思いますので、私の体験から感じたことを書かせて頂いただけです。お会いしたこともなく、時折ブログを覗かせていただくだけなのですが、そこから伝わってくるのはQooさんの優しさです。Qooさんは純粋で実に優しい。その気持ちがいつでも通る世の中だといいのですが、そうは行かないことが起こることもあるというのが残念ながら現実です。そうした場合に対処できるこころの逞しさは鍛えておきたいと思います。これは自戒を込めてです。これからもどうぞよろしく。
by sig (2008-09-18 19:54) 

sig

いぬさん、こんばんは。
「愛と優しさが伴った正義」・・・いい言葉ですね。それなら人に理解してもらうことが出来るでしょうね。
それともう一つおせっかいついでの老婆心ですが、最近「常識」が通用しなくなっていることを痛感しています。昔は「常識」といえば共通の社会規範だったのですが、最近は人それぞれが「自分の常識」を持って行動しているようなのです。これは価値観の多様化が言われだした頃からの新しい現象のように感じているのですが、このあたりも対人関係において留意されたらよろしいかと存じますよ。(笑) こんな現象は、あまりいい世の中とはいえませんね。
by sig (2008-09-18 22:45) 

Qoo

重ね重ねありがとうございます
sigさんの大きさと優しさが身にしみます
心の逞しさ、これは今の自分に一番足りないものだと思います
体はでかく逞しいのですけどね~(^^ゞ
どうも心と体は別物のようです
大正14年生まれの父は、脳梗塞倒れてから12年後(H16年)に他界しました
79歳でした
右半身不随でしたがリハビリで普通の生活が出来るようになると言われたのですが、一切を拒否し何もせずに「なるようになる」を繰り返して寝たきり生活に甘んじていました
当然介護の苦労は母肩に・・・
「すべてを尽くして天命を待つ」そうあって欲しいと
そんな背景があり今回のような甘えたコメントになってしまいました

良いお話を聞かせて頂き感謝です

by Qoo (2008-09-19 11:20) 

sig

Qooさん、こんにちは。
お父さんのお話を伺って、Qooさんの最初のコメントが良く理解できました。
同時に、自分がお父さんだったら、その12年間をどうしただろうと考えました。それにはお父さんの心境を考えてみる必要がありそうです。その病気が心身ともにお父さんに与えたダメージは、きっと周りが計り知れないほど大きかったのではないでしょうか。
by sig (2008-09-19 13:33) 

sig

甘党大王さん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-19 13:35) 

sig

furukabaさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-19 13:36) 

corrado

戦争における正義とは難しいものですよね。
そーいえば、
昔の第2次世界大戦物の映画はヒーロー物が
多かったと思いますが、
最近はプライベートライアンなど悲惨さを
全面に打ち出す映画が増えましたね。


by corrado (2008-09-19 21:45) 

sig

corradoさん、こんばんは。
戦争映画については仰るとおりだと思います。特にアメリカ映画は、戦後は何と言っても世界の覇者ですから、「アメリカ=正義」みたいな描き方でしたし、主役は英雄だけでしたね。
アメリカの戦争映画が変わったのは、ベトナム戦争で辛酸を舐めてからでしょうか。その後の戦争映画では娯楽色は払拭され、リアルに戦争の現実を描くようになりましたね。
corradoさんは映画に詳しいですね。
by sig (2008-09-19 22:13) 

sig

銀猫さん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-21 13:14) 

sig

kemmさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-09-23 11:18) 

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