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危険がいっぱい。夜の花街、隠し撮り [「動画」の自分史]

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危険がいっぱい。夜の花街、隠し撮り
8ミリ映画事始め―2
ドキュメンタリー映画「川崎」制作エピソード 

 
さて、8ミリカメラを買って発足したばかりの「アート・プロダクション」。早速取り組んだのが、自分の働いている川崎市の様子をドキュメンタリー映画としてまとめてみようという、たいそうな構想でした。
 
1961(S36)年は、大ヒットした歌謡曲「上を向いて歩こう」の通り日本の経済は上向きで景気も上昇中です。この躍進目覚しい日本を支える基幹産業の集積地・工都川崎の表情を力強いタッチで描く…この構想があったためにカメラを買ったというところもありましたから、ストーリーの大筋は考えてありました。 

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●「アート・プロダクション」の初期のクレジットタイトル

●タイトルはずばり、「川崎」
 
手元に残されている当時の制作メモを覗いてみると、1962(S37)年の3~5月で構想を固め、全体の流れを構成。クランクインは6月始めで12月までかけて撮影。編集は翌年…という、ほぼ1年がかりのスケジュールが組まれています。

 
川崎市は東京都と横浜市に挟まれた東西に長い地域で、東は多摩川の河口をはさんで羽田空港に隣接する工業地帯から、西は多摩川沿いに遡って東京都南多摩郡の手前まで。この長大な川崎市の特徴を、駅前から郊外までひと通り押さえることにし、前半は市街地、後半は郊外というラフな構成とロケ地について、当時のメモには下記のように記されています。 

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■ドキュメンタリー映画「川崎」(20分)構成案
.プロローグ      
      …川崎駅の朝、改札ラッシュ
.躍進的な工都川崎の概要
      …川崎市の中心街の紹介を背景に 
.産業の基軸となる交通網
      …第一京浜国道、産業道路、新鶴見操車場
   ますます増加する車 ……自動車教習所、第二京浜国道
.活気溢れる京浜工業地帯 
      …基幹産業プラントの数々、重機類、働く人たち
.労働者の生活(娯楽、安らぎ、福祉)
   …川崎球場、競輪場、競馬場、宝くじ
   
…夜の川崎駅前繁華街、屋台村、特飲風俗街
   …
川崎大師、丸子多摩川、関東労災病院
.生活の交通網  
   …国鉄南武線、東急東横線/田園都市線、小田急線
.郊外の行楽地  
   …ロマンスカーで向ヶ丘遊園、稲田堤の桜と秋の梨狩り
.新しい生活が始まる 
   …新興住宅地である小田急線・百合丘団地を紹介   
.エピローグ   
   …京浜工業地帯を拡大する東京湾埋め立て工事
 

 
以上が全体の流れですが、これだけのシーンを入れ込んで、モノクロで20分程度の作品にまとめる積りでした。フィルム代は1本約3分で500~600円でしたから、7本で4000円。NGをその3倍として少なく見積もっても12,000円。手取り給料のほぼ1.5倍になってしまいます。これは痛い。でも考えていても始まらない。見切り発車で休日を待ちかねては市街地や工場地帯、埋立地や郊外へと8ミリカメラと三脚を担いで出かけていきました。 

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●「川崎市街図」より 昭文社 1967.7

●苦労して撮っても、NGはNG(No Good)
 川崎には第一京浜国道に面した「堀の内」「南町」という二つの風俗街がありました。川崎の持つ俗っぽい部分として、売春防止法施行後の花街の様子をぜひ撮りたいと思いました。
 
6月。ロケハンのつもりで出向くと、「堀の内」の通りは真っ暗です。ライトを使うことなど考えられませんから撮影は不可能でした。「南町」は会社の寮から歩いて10分足らず。高感度フィルム(ASA200)を使えば何か写るかもしれない、という感じでした。

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●左/夜の川崎駅前 1960             右/8ミリムービー
カメラ「ヤシカ8U-s」

 
見世の前には女たちが立ち、嬌声を上げて呼びかけて来ます。8ミリはサイレント(無声)ですから声は収録できませんが、そんな雰囲気を撮りたかったのです。それから5日間連続、よれよれの作業服で、紙の手提げ袋に8ミリカメラを忍ばせ、毎晩「南町」に出向きました。  
 狭い通りの両側にまばらに見世が並び、客を引く女たちに混じってステテコに晒を巻いた見るからにヤクザと思しきおあにいさんもいっしょ。キャバレーのサンドイッチマンが近づいて、「何かの取材ですか。物騒ですから気をつけてくださいよ」と忠告されたことで、初めて危険なことをしようとしていると自覚。「南町」の入口まで戻ってタクシーを拾うことにしました。
 「運転手さん、南町を一回りしてくれませんか」「観光新聞かなんかの方ですか?」観光新聞とはもっぱらエロを売り物にしていたタブロイド紙のこと。こちらはどこかプライドを傷つけられながら「うん、まあね」と乗り込む。「もっと遅く走れない?」「ノロノロは危ないですよ」などと言いながらも運転手さんは、適度に緩急をつけて走ってくれました。

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●ドキュメンタリー「川崎」を撮影した8ミリムービーカメラ「ヤシカ8U-s」

 さて、苦労して撮ったフィルムは…。現像の結果は残念ながらやはり暗すぎてバツでした。今のビデオならバッチリ写せたはずなのですが…。
 

●処女作「川崎」は、意気込みだけで結局挫折
 
この作品は、実は1/3ほど撮影したところで中止せざるを得ませんでした。初めての意気込みで張り切っていたのですが、仕事が忙しくなりすぎてその時間が取れなくなってしまったからでした。


ドキュメンタリー「川崎」1962 より 1分34秒
●京浜工業地帯/プラント建設を待つ浮島町の広大な空き地 
 この、空を覆う煤煙や排気ガスは、撮影しながらとても気になっていました
●百合ヶ丘団地/一般生活者垂涎の的、白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機の「三種の神
 器」を揃えた最先端の文化生活が営まれていました
これらのシーンはNHK「映像の戦後60年」で放送されました。

 
今では、川崎駅前を走る京浜急行はとうの昔に高架になり、東口の商店街、繁華街はみごとに整い、映画街はイタリアンムードの「ラ・チッタデッラ」に変身。さらに、真っ暗だった西口にはピカピカに光り輝く「ラゾーナ川崎プラザ」が誕生したばかりです。
 
 
およそ半世紀前、工場と労働者の街だった地方都市・川崎は、今では時代の最先端を行くハイテク企業とファッショナブルな大都会に変貌しました。また、広大な緑地や土煙に霞んでいた郊外は新しいおしゃれタウンとして開発され、新興セレブに向けたマンションや高級住宅街があちこちに誕生しています。

 長編を想定したドキュメンタリー処女作「川崎」は未完に終わりました。けれども
その心意気は失いたくありません。私は今でも、現在住んでいる街の変貌をビデオで撮り続けています。


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kontenten

『継続は力なり』という言葉があります。
初心を忘れず続けられるって凄い事と思います。
(私はすぐ挫折してしまいますが・・・orz)
 私も一回だけ、知人に堀之内に連れて行ってもらいました。
ある種、特殊な何となく懐かしくなるようなところでした。
ホントに『お見世』という言葉がピッタリなきれいなお姉さん方を
横目で見ながら、何かノスタルジックな気持ちになった記憶があります。
怖いお兄さん方がいなければ映像に残したいと思われるお気持ち
よくわかります。
by kontenten (2008-11-14 08:43) 

sig

kontentenさん、こんにちは。早速のコメントありがとうございます。
このブログは出来心で始めたもので、しかも自分史という全くプライベートなものなのですが、読んでくださる方がいらっしゃることが励みになって続けております。100回を過ぎた頃から自分史の色合いが薄れて、映画の専門的な話が増えますので、読んでくださる層が変わるのでは、と思います。ブロガーの中には1000回を越えている方もたくさんいらっしゃるので、すごいことだと思います。
「堀の内」、ご存知でしたか。20歳の私には近寄りがたくて、とうとう入れませんでした。残念。
by sig (2008-11-14 09:05) 

ChinchikoPapa

こんにちは。
学生時代に、夜中の1~2時ごろでしたか、第一京浜を東京から横浜方面に歩いたことがあります。ちょうど、川崎駅の南あたりで立てつづけに4人の男たちに声をかけられました。ちょうど記事に書かれている南町あたりでしょうか、「兄さん、いい子いるよ」と50mおきぐらいに声をかけてきました。w
1979~80年ごろだったと思いますが、当時もポン引きは健在だったみたいですね。「あ、ありがと。いいよ」と断るとすぐに引き下がるのですが、なにも言わないで通りすぎると、プライドを傷つけられるのか「無視しなくてもいいじゃんか!」とブツブツいう声が聞こえたりしました。無視して行こうとすると口惜しがるポン引きは、新宿の歌舞伎町あたりにもいて、「話しかけてるのに、なんだよ!」と怒る声が背後でするんですよね。「ごめんよ!」というと、急にニッコリしたりするのですが。^^;
by ChinchikoPapa (2008-11-14 12:06) 

sig

ChinchikoPapaさん、こんにちは。
さすがにこういった内容はChinchikoPapaさんの手にかかると、とたんにリアリティが出ますね。
私が川崎から足を洗ったのは68年末ですが、70年代でもそんなことがまだありましたか。でも、かなり誘い方もソフトになっていたんですね。取締りが徹底してきたからでしょうか。
by sig (2008-11-14 13:32) 

いぬ

こんばんは
ここ何年間で川崎も横浜も変わりましたね
僕はsigさんが8mmで川崎を撮ってた頃 まだ生まれていませんが
当時の川崎が想像できるよう
昔の堀之内は どんなだったんだろう
行ってみたいです
by いぬ (2008-11-14 19:26) 

furukaba

前回ブログで拝見した「川崎 企画書」の構成に沿った動画を
”さすがは・・”と思いました。映画一筋の歩みが感じとれます。
by furukaba (2008-11-14 20:37) 

sig

いぬさん、こんばんは。
昔は川崎に限らず、どの街もこんなものだったと思います。例えば映画「三丁目の夕日」のように、それが時代の風景だと思います。いぬさんにはいぬさんの記憶する時代の風景があるわけですね。私との20数年の開きは、貧しい時代とリッチな時代を歴然と描き分けていると思います。大切なことは、現在はすべて過去の上に築かれているのだということに気づくことだと思うのです。私の時代だって、もっともっと貧しい時代の将来だったのですから。
昔の堀の内にタイムスリップしてみますか?(笑)

by sig (2008-11-14 21:41) 

sig

furukabaさん、こんばんは。
ビデオの撮影・編集技術は変化しても、作品づくりに向けての基本的考え方は同じだということを伝えたい・・・それがこのブログな訳で、前回の「企画」(というより着想レベルですが)と、それに続く今回の「構成」を読み取っていただけてうれしいです。
by sig (2008-11-14 21:48) 

sig

yannさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-14 23:57) 

sig

たねさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-15 20:29) 

sig

xml_xslさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-15 21:13) 

みかっち

sigさんのような方々がいらっしゃるからこそ、
昔の庶民の生活が映像で見ることができるのですね!
これからも、マスコミとは違う視点で日々を残してください!
by みかっち (2008-11-16 04:17) 

sig

みかっちさん、こんにちは。
いつもご来館&コメント、ありがとうございます。
現在、趣味のビデオの楽しみ方は人それぞれですが、ほとんどが家庭の記録だと思います。一家の日常を撮り続ければ、意図していなくても、その背後に写し撮られる街の様子、看板、車、洋服、ヘアスタイルなどでさえ、とても貴重な記録になるのですね。おっしゃる通り、むしろそうした日常の中に、マスコミとはちがう視点の映像が写し撮られていくのでしょうね。
その他、紀行、ドキュメンタリー、ドラマ、アニメ・・・と、みんなそれぞれ自分の世界の「表現」を楽しんでおりますが、元はといえば「写真」から発したものですからね。映画も昔の業界用語では「シャシン」と呼んでいたんです。写真は楽しいですね。
by sig (2008-11-16 09:31) 

sig

ヨタ8改さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-16 18:41) 

sig

八犬伝さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-16 18:42) 

BlackTiger

Art Production いよいよ始動。。
処女作は完成しなかったけれど、だからこそ今も撮影中の想いがライフワークのように生き続けているんでしょうか。
by BlackTiger (2008-11-18 12:59) 

sig

BlackTigerさん、こんばんは。
映画会社のような名前をつけて映画づくりの真似事・・・他人から見たら滑稽極まりないことでも、その疑似体験が楽しいのですね。
そもそも、いろいろな疑似体験をさせて楽しませてくれるものが映画だと思うのですが、映画づくりの疑似体験をして遊んでいた・・・それが私の青春だったような気がします。
このあと10年もすると、趣味が仕事に変わっていくことになるのですが、それはまだ先の話になります。

by sig (2008-11-18 20:33) 

Qoo

これって、かなり貴重なフィルムなのではないでしょうか?
川崎は現在より空気が悪そうですね~
あのチョコレート電車は南武線かと思ったのですが京急ですか
今の川崎は当時の川崎からは想像できない程の発展ですね
by Qoo (2008-11-20 07:00) 

sig

Qooさん、こんにちは。
この頃から都会の上空を煤煙が覆い始め、公害、環境汚染が始まるのです。いわば発展の落とし子ですね。空気はにおいがありましたよ。
この映画の電車は小田急ですからチョコレート電車ではありませんが、南武線のチョコレート電車をご存知ですか。ローカル線みたいで懐かしい感じでしたよね。
このフィルムは貴重というほどではありませんが、NHKで使って頂きました。


by sig (2008-11-20 10:08) 

sig

kemmさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-23 15:39) 

sig

leoさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-24 09:12) 

sig

Ja-Kou66さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-11-24 19:21) 

sig

マロンさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2008-12-07 09:18) 

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