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「平凡パンチ」か大橋歩か―② [昭和ガラクタ箱]

P1030925b-3.jpg  昭和ガラクタ箱―12
「平凡パンチ」か大橋歩か―② 
描かれたのは
1960年代後半の若者の願望
 

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●三面鏡の前で男の身だしなみ                ●ハネムーンは新幹線からジェット機へ

   
大橋歩描く「平凡パンチ」の表紙イラストを展望すると、1960年代後半のヤング世代のライフスタイルが見えてきます。 

●世界の銀座で、女の子よりもおしゃれな男の子
 
まずファッション。日本女性にミニスカートをもたらしたツイッギーの来日は1967S42)年秋ですから、1964年(S39)創刊の「平凡パンチ」のイラストに描かれた女の子のスカート丈は、まだ当時全盛のロングスカート。ブランド物を持つ時代でもありませんから、洋服にもそれほどおしゃれ感はありません。ごくプレーンなワンピースかツーピース。カジュアルでも半そでシャツとかセーターで、今から見ればあまり変りばえのしないタイルです。
 
一方、男の子の方は、そんな冴えない女の子を自信たっぷりでエスコートするかのように、俄然おしゃれに、颯爽と描かれています。イメージリーダーは世界のファッションストリート・銀座のみゆき通りを根城とした「みゆき族」で、その後ろ盾は「VAN」ブランドの創始者・「ヴァンヂャケット」の石津謙介でした。

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●東京オリンピック(1964.10)に向けて、銀座も道路工事だらけ

 
VANのベースはアメリカ東部の名門大学グループ「アイビーリーグ」にあり、1954(S39)年に「アイビールック」として売り出したのが大当たりし、若者層に圧倒的な支持を受けて広がっていたのでした。
ほぼ大学生である彼らは当時の私と同年輩でしたが、すでに就職して結婚したばかりだった私から見れば、親のすねをかじっているいいところのお坊ちゃんにしか見えず、そんな別世界で生きているリッチな人種も世の中にはいるのだな、という感覚でさほどうらやましいとも思わずにいました。けれども大橋歩のイラストは大好きだったのです。 

●描かれているのはファッションのTPO
   
ファッションを語るときによく使われるTPOという言葉。これを提言したのが実は石津謙介といわれていますが、「平凡パンチ」と「ヴァンヂャケット」とのつながりの中で、大橋歩の表紙イラストには、この思想が見事に反映されて描かれています。
 つまり、時(
Time)、場所(Place)、場合(Occasion、またはOpportunity)に合った生活シーンの演出法です。
当時は世を挙げてバカンス時代。バカンスとはレジャーより一回り規模の大きい休暇を意味した言葉なのですが、収入と休日の増加に後押しされて膨れ上がった欲求のはけ口のことです。(とは言っても、正月休みと夏休みの長期休暇の他に、年に3連休が5回、5連休が2回もある現在から見たらかわいいものですが) 

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●レジャーより一回り大きいバカンスの過ごし方。ゴルフ、ヨットは経済的にちょっと無理かな。

●現実と願望が半々のシーン描写
 
トランプ52枚のうちの多くはスポーツのイラストです。ボウリング場は全国津々浦々に、それこそ雨後のタケノコのように目白押しに林立し、夏でも滑れるアイススケート場や屋内スキー場が都会のあちこちに誕生していました。スポーツ音痴の私でさえ、東神奈川のアイススケート場へよく通ったものでした。
 
ところが、いくらバカンス時代といっても、オープンカーでのドライブや、ヨット、サーフィン、トレッキング、ゴルフ、カーレースや球技の観戦などは、若者にとってはまだ一般的ではなかったはずなのですが、こういったシーンがたくさん描かれています。これらの場所での彼らは、シャツやブレザー、ジーンズやコットンパンツといった思い切りカジュアルスタイルです。

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●マイカー時代到来で試験場は大盛況。でも、乗るのは親父の車だったのでは?

 スポーツ以外のアウトドアでは通学やショッピング風景。都心のあちこちは1964年の「東京オリンピック」に向けての工事中だらけ。けれども、歩道を行く男たちはおそらくVANプランドのアメカジ(アメリカン・カジュアル)で颯爽と風を切っています。新入社員だってスーツは上下色違いのトラディショナルで決めていて、決してドブねずみルックではありません。
 
デートシーンとして多く描かれているのはパーティやコンサートです。新年やクリスマス、誕生祝などの内輪のパーティから、女の子たちもドレスアップした華やかなダンスパーティまで。コンサートはジャズやハワイアン。楽しんだ後はフルーツパーラーでお茶、といったスタイルです。これなども、実情の上を行くものでしょう。
 
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IMGP6137-2.JPG●パーティいろいろ

60年代は男がおしゃれに溺れた時代
 
室内のイラストでは、ガウン姿でソファに掛けてLPを聴く男性は、「風呂場」ではなく「バスルーム」から出てきたのでしょうし、三面鏡の前でおしゃれに熱中しているのは、なんと女性ではなく男性です。1963S38)年に資生堂が発売した男性化粧品「MG5」のコンセプトは「男の身だしなみ」でしたが、それさえも昭和16年(1941)生まれの私には、いよいよ男も化粧品を手にするような軟弱な時代になったのか、と嘆かわしく思えたものでした。

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●くつろぎのひとときには、断然ソファが必需品

 
ところがそれ以上にびっくりしたのは1968S43)年。男が平気で赤やピンクの色物おしゃれを楽しむカラー満開の「ピーコック革命」と呼ばれる時代がやってきたのでした。化粧の先には色物おしゃれ…そうした流れはファッションメーカーとマスコミが仕組んだものでしたが、その土壌として社会の風潮がもうそのように出来上がっている訳で、その方向性を示されると簡単にその手に乗せられてなびく男性の軟弱さが情けなく、もう世も末だと思ったものでした。(「男らしさ」の消滅はここに始まる、と思っています) 
そんな感覚ですから、未だに赤系の色物シャツは着られませんし、まして、シャツをパンツ(ずぼん)の外にはみ出させて着る格好など、逆立ちしてもできないのです。

IMGP6164.JPG●後ろに靴磨きの少年が…

●こうして、バランスの良いファッションセンスが定着した
 
話がわき道にそれましたが、トランプにはハネムーンを描いたカードもあります。すでに新婚旅行のルートが新幹線による国内旅行を離れ、グアム、ハワイを目指すカップルが出現しだしたこともあってか、ジェット機内で寄り添う新婚らしき男女は画面の片隅にあしらわれ、大きく描かれているのは花形職業として人気上昇中だったエア・ホステスです。
 
また、あまり華々しく描かれていない女の子も、和服姿は意外に多く、それはほとんどパーティシーンでの晴れ着姿だったりします。このあたりに大橋歩さんの日本人としてのアイディンティティを見たような気がします。

 
トランプに描かれた若者たちのトレンディなファッションライフ。それはお金持ちにはすぐに楽しめるセレブリティなライフスタイルの提案になっていますが、あとの半分は現実ではありません。貧乏人には、努力すれば手に届くかもしれない半歩先の願望が描かれているのです。大橋歩さんは60年代の若者が思い描く夢をイラストにして見せてくれていたのです。そしてそのイメージが、40年後の今では現実のものになっていることに驚かされるのです。 

  考えてみると、このイラストレーターという職業名はこのころから急に脚光を浴びてきたように思います。ご存知のようにイラストレーターは、主として広告、出版、映像など、ビジュアル分野のクリエイターとして位置づけられますが、カタカナ職業として認知されたのは比較的早かったと思います。それも大橋歩さんの功績ではないかと思います。

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●1960年代は、若者に、明るく楽しい、すばらしい未来が約束されていました


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コメント 37

sig

xml_xslさん、こんにちは。いつも早々のご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 07:09) 

とも

現代との違いを見ることが出来て、とても面白いですね。
この時代のファッションを今時の女の子が見るとなんていうか分からないですよww
一方僕は服にはこだわらないタイプですけどねー
by とも (2009-01-26 13:55) 

sig

ともさん、こんばんは。
40数年も前のファッションは、現代には通用しないでしょうね。
なにせ、当時はそれまで男性が着飾るなどということはなかった時代ですから、メーカーもトラッドから勧めたのでしょうね。ただ、アメカジはその名の通りカジュアルがベースですから、次第に男性もラフなファッションを上手に着こなすようになったと思います。その先にともさんたちが存在しているのですね。
by sig (2009-01-26 21:50) 

sig

shinさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 21:50) 

sig

ChinchikoPapaさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 21:51) 

sig

八犬伝さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 21:53) 

puripuri

大橋歩さんの事は知らないのですが、描かれているイラストは当時の事を
うまく捉えていますし、また先見の目があったのですね。
手塚治虫さんも、漫画に描かれたことが現実になって来ていますね。
by puripuri (2009-01-26 22:18) 

ami

もともとファッションに興味がなかったから、
流行には付いていけませんでしたが、絵には興味があります。
時代背景が表現される絵画も多いけど、
改めてこの絵を見せて頂いて、時代の懐かしさに納得しました。
有難うございました。
by ami (2009-01-26 23:18) 

sig

yannさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 23:25) 

sig

puripuriさん、こんばんは。
当時はとに角、マスコミが広告代理店やメーカーと結託して、よく言えば新しい価値観を、悪く言えば「消費は美徳」の風潮を作り上げて扇動していました。彼らには当然、帰結する先・着地点が見えていたはずで、それを描いて見せたのが大橋歩だと思います。こうした洗礼をまともに受けたのが、いわゆる「団塊の世代」です。ですから、彼らと私は10年も開いていませんが、考え方(価値観)は大きく違っていると思います。
by sig (2009-01-26 23:36) 

sig

kontentenさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 23:37) 

sig

amiさん、こんばんは。
古い絵や写真は懐かしさと同時に、その頃の時代の空気とか生活の様子がしのげて興味深いし、懐かしさもありますね。
コメントありがとうございました。
by sig (2009-01-26 23:39) 

sig

アヨアン・イゴカーさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-26 23:40) 

あい

時代背景や憧れが、反映されたトランプ
なのですねぇ。
みゆき族なんて言葉は知りませんでしたヾ(;´▽`A``
クローバーのQの綺麗なAラインのコートはこの頃には
もうあったんですねぇ♪
さすがに女の人のビキニのパンツが大きすぎるのは、
ありえないなぁ・・・と思ってしまいましたが( ̄m ̄*)

by あい (2009-01-27 01:37) 

Qoo

よく見ると、本当にその時代を象徴した画なんでしょうね
60年は僕が生まれた年ですがこのような時代だったんですね
アイビーは中学生の時に流行った気がする
ファッションには全く無頓着ですが(^^ゞ

TPO
入社当時先輩に「TPOをわきまえろ!」って良く叱られました
懐かしいな~ その当時も言葉も(^^)
by Qoo (2009-01-27 05:21) 

sig

Qooさんはこの年のお生まれですか。
まさに、日本経済が右肩上がりの様相を呈し始め、「日本の未来は明るい」と、夢も希望も湧く時代でした。
私は0から始まって10を見た世代です。Qooさんの人生は5くらいから始まっていることになりますが、栄枯盛衰は世の習い。現在の様子ははっきり言って下り坂です。
5から始まって10を知ったQooさん世代。そしてその次の世代にとって、日本の隆盛カーブはどのような形を描くのでしょうか。
by sig (2009-01-27 11:02) 

sig

あいさん、こんにちは。順番間違えてごめんなさい。
水着は当時、ビキニというだけでセンセーショナルでしたから、これでもずいぶん進んだスタイルでしたよ(笑)。男性にとっては、海水浴でビキニを見たというだけで話題になる時代でした。
Aラインは1955年にディオールが発表したものですから、この時代にはありました。すてきなシルエットですから、今でも人気があるようですね。
by sig (2009-01-27 11:25) 

sig

甘党大王さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-27 17:58) 

sig

takemoviesさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-27 19:00) 

sig

プリンさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-28 10:06) 

OMOOMO

大橋歩を知らない世代もいるのですね。私は憧れて娘に歩ってつけましたよ。いまみても洗練されてると思うのは懐古的なのかなあ。
by OMOOMO (2009-01-29 23:36) 

sig

OMOOMOさん、こんにちは。
大橋歩のイラストは、本当に斬新で洗練されていましたね。
今見ても十分そう思いますから、決して回顧的なんかじゃなく、今でも通じるイラストだと思いますよ。
娘さんが「歩」さんとは、美大出のOMOOMOさんらしい。
とてもすてきなお話ですね。その頃のOMOOMOさんが目に見えるようですよ。
by sig (2009-01-30 10:21) 

sig

walzさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-01-30 19:59) 

みかっち

今、拝見しても、とても新鮮で素晴らしいイラストです!!
当時のおされーな若者の夢や憧れがいっぱい詰まってますね♪

by みかっち (2009-01-30 23:09) 

sig

みかっちさん、こんばんは。
ご多忙の中、コメントありがとうございます。
男の子のおしゃれが崩れる、ずっと前のファッションです。きちんとお行儀がいいでしょ。でも、こんな生活は、みんなができたわけではありません。
by sig (2009-01-31 00:43) 

Ja-Kou66

トランプ一枚一枚がよく見え、絵は個性ともにおもしろいです。
K、Q、Jとの意味合いがないところもおもしろいですが
果たしてJOKERはいかに!?
ウチの父も、シャツはパンツ(ずぼん)IN派です(^ ^)
by Ja-Kou66 (2009-01-31 18:10) 

sig

Ja-Kou66さん、こんばんは。
JQKの絵柄に特別の意味がないことに初めて気が付きました。
JOKERは前回①のトップの写真ですが、本人はこの年に始まった「0011ナポレオン・ソロ」というスパイ映画に触発されたと書いています。
なお、本家の007の最初の作品「007は殺しの番号」の初公開は1963年でした。
シャツは断然、ズボンIN!! おなか冷やさないからね。

by sig (2009-01-31 18:43) 

sig

kemmさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-02-02 15:36) 

sig

ねこじゃらんさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-02-02 18:42) 

sig

leoさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-02-03 10:20) 

sig

whitesoxさん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-02-06 19:28) 

sig

ヨタ8さん、こんばんは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-02-16 18:50) 

sig

いっぷくさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
by sig (2009-09-06 23:55) 

pace

はい!軟弱に変わっていった世代です(笑)
オリンピックも終わり、みゆき族も一般的になったころ中学生
めいっぱい軟弱の洗礼を受けて、今日があります
大橋歩さんはまだまだ元気で、来年の個展に向けて頑張ってるそうです

東宝若大将シリーズの中の青大将がまさに絵に描いたようなみゆき族のお坊ちゃん
大人に好かれる好青年の若大将より青大将のほうがすきでした(笑)
by pace (2009-12-06 23:09) 

tateichi_m

初めまして。
平凡パンチ創刊号の検索からお邪魔しました。
大橋歩さんのイラスト入りトランプ、初めて見ました。
レア物ですね。
by tateichi_m (2010-04-11 17:30) 

sig

paceさん、4ヶ月ぶり、ごめんなさい。
ずいぶん失礼なことを書いたかもしれませんね。
でも、本当を言うと私は今でもMG5ですし、最近はドレスシャツならパンツの外に出して着るようになりました。でも、しっくり来ないですから、人が見たらやっぱり身についていないんでしょうね。W
by sig (2010-04-12 17:33) 

sig

tateichi_mさん、こんにちは。ご来館ありがとうございます。
これらのイラストは大好きでした。表紙のため日本を買っていたようなところがありました。
やはりこのトランプはレア物でしょうか。大事にしておきましょう。
ありがとうございました。
by sig (2010-04-12 17:35) 

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