五月号 男の子の春 [季節のご挨拶]
五月号
男の子の春
父が庭に鯉のぼりの柱を立てている。
柱は秋に稲を掛ける稲架木(はざぎ)だから、太くて高い。
鯉は代々の真鯉と緋鯉と吹流し。
地面に擦らないように精一杯背伸びして尻尾を持ち上げる。
せいのー、と立ち上げた鯉のぼりが
たちまち緑の風をはらんで泳ぎだす。
どんなに暴れたって、びくともするもんか。
おとうが立ててくれたんだぞ。
真っ青な大海で、
本当に泳いでいる。跳ねている。舞っている。
「菖蒲を採りに行こう」
父の自転車の後ろに乗って、田んぼへ出て行く。
田植えを待つばかりの水面の反射が、キラキラ。
川べりに生えている菖蒲をのこぎり鎌でザクッ。
帰ったら早速、明るいうちから菖蒲湯だ。
ざっと束ねただけの菖蒲を浮かせた昼風呂。
いいにおい。
香りを身体に擦り込みながら、目を閉じる。
男の子はいいなあ。
男の子でよかった。
六月号 梅雨の憂鬱 [季節のご挨拶]
六月号
梅雨の憂鬱
雨が降る。
アスファルトの道路で踊っている雨脚。
庭の紫陽花に降る。紅葉の小枝に弾かれる水玉。
聞こえるのは雨音ばかり。
え、雨音ばかり?
あれほど賑やかに鳴いていた雨蛙はどこに。
蕗の葉裏や茗荷の葉陰で雨宿りしていた蝸牛はどこに。
雨が上がる。
浮かんだ雲は、もう夏の装い。
空き地は伸びた夏草が独り占め。
え、夏草ばかり?
蝶がいない。蜻蛉がいない。
豪快な羽音を立てる熊ン蜂がいない。
じゃ、蟻は? と探す。
やっと土を盛り上げた巣穴を見つける。
でも、蟻の姿はまばら。
あの延々と続いていた行列は、どこに……
また、雨。
訪ねて来るものも無い軒先で、
雨に打たれて…、マスカラ流れて……
ひとりぽっちの照る照る坊主。
それが、風鈴に替わる日も近い。
七月号 星に願いを [季節のご挨拶]
八月号 暑中お伺い申し上げます。 [季節のご挨拶]
八月号
暑中お伺い申し上げます。
白の紋絣に黒の帯、カンカン帽の出で立ちで、下駄を履く。
そうそう、扇子は持ったかな。
彼を訪ねるのは半年振りだ。
驚かそうと、わざと行くことを伝えていない。
玄関を一歩踏み出すと、ジーッとアブラゼミの声。
今日も暑いぞ。
電車を乗り継いで、停車場の改札を出る。
目印にしている社の前に、楠の大木が枝を広げている。
木陰で立ち止まり、手ぬぐいで噴き出した汗を拭く。
シャォシャォ、シャォシャォと降るようなクマゼミの大合唱。
「こんにちは」。返事がない。
枝折戸をくぐり、そっと裏に回ると、
すだれの向こうに、ゆかたのお昼寝姿。
ニイニイゼミも遠慮がちにチィーー。
起こしちゃ悪い。別に急ぎの用じゃない。
手土産の素麺を置き、いつか出直そうと踵を返すと、
蚊遣り豚から漂う蚊取り線香の香り。
日盛りを過ぎても、まったく暑い。
角を曲がると、ふと涼やかな風鈴の音。
色とりどり、形とりどり、音色とりどり、風とりどり…。
シャキシャキと氷を削る音もする。
葦簾(よしず)の陰の縁台も涼しそうだし、
久々に「あずき氷」、と頼んでみる。
ほおばると頭の芯まで染み渡る冷たさ。
その瞬間だけミンミンゼミの声を忘れていた。
今日は手ぶらで帰ってきたが、無駄足?
そんなことはない。彼に会う楽しみを先に延ばしただけ。
近くの丘でカナカナの声。
救われた。ヒグラシなら許せる。
黄昏の空に涼風を呼び込んでくれるから。
おかげであたりは大分涼しくなった。
おっと、そういえば、今夜は花火だったんだ。
●納涼花火
花火を見に行けない方は、こちらで卓上花火をお楽しみください。
(長岡の花火でなくてごめんなさい。長岡まつりの花火は2日と3日です。
長岡市のHP↓
http://www.nagaoka-navi.or.jp/nagaokamatsuri
http://nagaokamatsuri.com/index.html
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